[コラム]『SNSへの期待~インターネットの歴史を振り返りながら』第一回「ブログを鼻であしらった私」

 私がソーシャルネットワークサービス(SNS)なる言葉を明確に意識して知ったのは2004年末から2005年にかけての頃だった。メーリングリストの衰退を嘆く、メール大好きな私に対し、 ML衰退の理由の一つとしてWebの掲示板やSNSの隆盛を挙げて下さった方がいたのだ。

 「ふ~ん、そんなシステムがあるのか...」

[推敲度 6/10]

 私は決して新しもの好きではない。

 現在、パソコンを使わない人でもTVのニュースなどで耳にすることが頻繁になっている(らしい)「ブログ(BLOG)」。
 私は、それが日本で広がる以前(世界で広がり始めた頃)から、その存在を知り、そして広がりそうな評判も聞いたことがあったのだが、私自身は特に注目・評価を全くしなかった。
 ざっと聞いた感じでは、日本でそれまで結構広く行われていた 日記サイトみたいなもんだと思ったし、その後もそういう思いは長く変わらない。

 ブログが広がって、HTML言語スキルの低い人でも「ホームページまがいのもの」が作れるようになって、より多くの人々がいろいろ書くようになったのは悪いことではなかったが、同時に 「ネット上にゴミが増えた」という思いも結構強い。

 なぜか?
 Webサイト(特に個人で作るもの)というのは、たとえ最初は中身が稚拙・貧弱でも、次第次第に、ゆっくり時間をかけて、醸成させるように発展させていくものだと思っている。

 それがBLOGではどうか。 基本的には書き捨てだ。ざっとみた感じだと、練り直しなんてありゃしない。

 一般にネット外の世の中でも、凡人の人たちの、日々の垂れ流しのような日記を読むのが、赤の他人にとってそんなに楽しいこととは思えない。

 けれども凡人でも、生きていれば何かしら知識を積み、自分なりの見識を深めるものだ。
 普通のWebサイトというのはその経験を本にするような作業ではなかろうか。
 だから最初は稚拙なページでも、他人からのアドバイスや、声援や、批判や、刺激を元にして、何回も改訂、校正、構築していく。

 そうしてこそ、赤の他人が見る価値のあるシロモノ、見ても面白いもの、見る価値のあるものになるのではなかろうか?

 そんな風に思っているから、日々書き捨てのBlogには私は興味がない。 無論、世の中にはコラムニストという職業があり、 その内容が十分に詰まった文章を頻繁に作ることが出来る人々もいる。 コラム書きが職業でなくても、才能のある人が情報発信を行い、それが出来てネット上で注目される機会が出来た。ただそれだけのことだ。

 そんなわけで私はBLOGを鼻であしらうし、ウォッチしているBLOGもない。まあそんな立場だから、逆に文句を言う筋合いもないのかもしれないが 、ネット上の情報収集でゴミが増えた被害を感じているのは確かだった。

 インターネットでは世界的に流行となるシロモノが登場しているが、BLOGの次に流行するのがソーシャルネットワーキングサービスすなわちSNSだ、最初そんな言い方をされていた。だがそんな言い方では私の興味を引くわけがない。

 そんなへそ曲がりな私だけれども、SNSにはちょっと興味を持った。それはコミュニケーション絡みのシロモノだったからだ。

 インターネットで次々に登場したのに、次第に崩壊していく「コミュニケーションシステム」が、すなわち 「コミュニケーションの『場』としては荒れていく」インターネットが 、SNSの広がりで、取り戻せるのではないか、 そういう期待を抱いたからだ。
(第二回に続く)

注:本コラムはmixiに入会したばかりの頃すなわち2005年前半に、その日記システムを利用して書いた全6回未完結のコラムシリーズを改訂して公開していくものです。