今年2026年、東京・日本橋に高さ日本第4位の高層ビル「日本橋野村三井タワー」(通称:ザ タワー)が完成しようとしている。さらに、そこから程近い常盤橋には高さ日本第1位となる見込みの「Torch Tower」(トーチタワー)が建設中である。
本記事は2つの超高層ビルの建設を機会に「日本での高層ビル高さベストテン一覧」を作成し、日本一となる「Torch Tower」(トーチタワー)の規模について個人的に確認する。また「歴代高さ日本一の高層ビル変遷」の一覧も作成し、日本の高層ビルの歴史を眺めることにしたい。
[推敲度 3/10]
【目次】
1■前段:高層ビル(建築物)と塔(タワー、塔状工作物)
2■日本橋近辺に相次ぐ超高層ビル建設
3■日本での高層ビル高さベストテンと高さ日本一の変遷
3.1■日本での高層ビル高さベストテン2028年版でトーチタワーの特徴を見る
●高い!ビルとして高さ日本一
●太い!基準階面積が広い
●合計で広い!延床面積が広大
●階数の多さは一番ではない
3.2■高さ日本一の高層ビルの変遷
3.3■補足:世界との比較
3.3.1■世界の高層ビル
3.3.2■日本の建築技術は劣っていたのか?
3.3.3■日本における超超高層ビルの夢とバブル
4■Torch Tower(トーチタワー)の建設の現状
4.1■どこから見えるか?GoogleEarthの活用
4.2■建設の状況
5■終わりに
【本文】
1■前段:高層ビル(建築物)と塔(タワー、塔状工作物)
最初に是非とも述べておくべきことがある。
世の中には高さを競う建物として、大きく分けてはビルと塔(タワー)がある。基本的には建物全体(低層階から高層階まで)で人間が多数、フロアで活躍できるのが「ビル」、そのようなフロアがない、もしくはあっても一部なのが「塔(タワー)」である。「塔(タワー)」は古来より物見や軍事目的として作られてきたが、近現代では電波塔としての役割が大きくなっている。日本での「塔(タワー)」の代表は、言わずもがな「東京タワー」「東京スカイツリー」であろう。(他にも「通天閣」「京都タワー」などが挙げられる。)
法律や建築分野の専門用語で言えば、ビルは「建築物」、塔(タワー)は「工作物」(建築分野では「塔状工作物」)として扱われることが多い。ただし東京スカイツリーのように展望施設などを備えた複雑な場合には、建築物と工作物が組み合わされたものとして扱われる。
ぶっちゃけた話、塔(タワー)は棒を立てればそれがタワーになるともいえ、その点ではビルよりは高い建物を立てやすい。人が登らない、そこで活動しないから崩れても被害は限られることを考えると、技術的な問題、安全面での配慮でも、ビルとタワーでは考慮すべきことが多く異なる。よって高さを競うのにビルとタワーでは一緒には論じられない。
本記事では「高層ビル」の話題を扱っており「塔(タワー)」(塔状工作物)は含まれていない。日本の高さベストテンや歴代トップ変遷の話はあくまで「(高層)ビル」(建築物)を対象に限っている。
今回話題にする「トーチタワー」もそうだがビル名に「タワー」を冠するものがしばしばあるが、正式にはそれらは「塔(タワー)」ではなく、名称として名付けているだけである。よって本来の塔(タワー、塔状工作物)との区別には注意されたい。
2■日本橋近辺に相次ぐ超高層ビル建設
自分の職場が東京都中央区日本橋の近辺にある。ここ数年で日本橋の中央に超高層ビルが出来た。
ビル名は「日本橋野村三井タワー」(通称:ザ タワー)。
「日本橋一丁目中地区第一種市街地再開発事業」において、全体街区名称が「東京ミッドタウン日本橋」と命名されたが、その中で高さが284mのメインタワーである。調べると日本で4番目に高いビルらしい。
日本橋といえば大都会だ。街中はビルばかり、通常は遠くのビルなど見えやしない。それでも上のビルは少し開けた場所に出ると、かなり遠くからでも目立つ。外観上は完成しているが竣工は2026年9月予定とのことだ。
上のビルを調べているうちにそのビルからほど近い所に日本で高さ一番となるビルが建設されつつあることに気がついた。
「Torch Tower(トーチタワー)」だ。
「Torch Tower(トーチタワー)」は「東京駅前常盤橋プロジェクト(大手町二丁目常盤橋地区第一種市街地再開発事業)」の中核を担う建設物だとのこと。2026年8月現在、もうすでに建設が始まっている。
前述の「日本橋野村三井タワー」はその名の通り「日本橋」にある。それに対して「Torch Tower(トーチタワー)」はそれより西側、JR線路に接した敷地「常盤橋」と呼ばれる地区で、日本橋ではない。

(歴史地図サイト「れきちず」より。ちなみに上の地図は同場所の江戸時代の地図を現代風にしたもの。)
本記事では「Torch Tower(トーチタワー)」の建設後の日本での高層ビルのベストテンと高層ビル日本一の変遷を振り返り、「Torch Tower(トーチタワー)」の規模を確認しようと思う。
3■日本での高層ビル高さベストテンと高さ日本一の変遷
完成間近の「日本橋野村三井タワー(ザ タワー)」は現在高さ日本第4位、現在建設中の「Torch Tower(トーチタワー)」は高さ日本一になる予定と述べたが、現在の日本の高層ビル、高さベストテンはどうなっているのであろうか。また、「Torch Tower(トーチタワー)」により「高さ日本一」が更新されるわけであるが、高層ビル高さ日本一は歴代どのように更新されてきたのであろうか。
3.1■日本での高層ビル高さベストテン2028年版でトーチタワーの特徴を見る
「Torch Tower(トーチタワー)」が完成後の日本の高層ビル高さベストテンは以下のようになる。
表:2028年以降の日本での高層ビル高さベストテン(予定)
| 順位・高さ・階数 | ビル名 | 竣工年・所在地 | 基準階面積・延床面積 |
|---|---|---|---|
| 1位 約385m 地上62階 |
Torch Tower(トーチタワー) | 2028年予定 東京都千代田区 |
基準階:約6,687㎡ 延床:約553,000㎡ |
| 2位 325.49m 地上64階 |
麻布台ヒルズ森JPタワー | 2023年 東京都港区 |
基準階:約4,300㎡級 延床:約461,800㎡ |
| 3位 300m 地上60階 |
あべのハルカス | 2014年 大阪府大阪市 |
基準階:約2,400㎡ 延床:約306,000㎡ |
| 4位 296m 地上70階 |
横浜ランドマークタワー | 1993年 神奈川県横浜市 |
基準階:約2,400㎡ 延床:約392,000㎡ |
| 5位 約284m 地上52階 |
日本橋野村三井タワー(ザ タワー) | 2026年度予定 東京都中央区 |
基準階:約4,000㎡級 延床:約370,000㎡ |
| 6位 265.75m 地上49階 |
虎ノ門ヒルズ ステーションタワー | 2023年 東京都港区 |
基準階:約2,000㎡級 延床:約236,000㎡ |
| 7位 262.8m 地上64階 |
麻布台ヒルズ レジデンスB | 2025 東京都港区 |
基準階:— 延床:約185,000㎡ |
| 8位 256.1m 地上56階 |
りんくうゲートタワービル(SiSりんくうタワー) | 1996年 大阪府泉佐野市 |
基準階:約1,220㎡ 延床:約118,000㎡ |
| 9位 256m 地上55階 |
大阪府咲洲庁舎(さきしまコスモタワー) | 1995年 大阪府大阪市 |
基準階:約1,600㎡ 延床:約149,300㎡ |
| 10位 255.5m 地上52階 |
虎ノ門ヒルズ森タワー | 2014年 東京都港区 |
基準階:約3,400㎡ 延床:約244,000㎡ |
上の表を元に2028年には日本一の高さになる予定の
「Torch Tower(トーチタワー)」
の特徴を見ていこう。
●高い!ビルとして高さ日本一
「Torch Tower(トーチタワー)」の圧倒的な特徴は高さが385mで日本一であることだ。しかも今までの「麻布台ヒルズ森JPタワー」325mに比べて2割近くも高くなる。
注目されることとして「東京タワー」333mを超えたことがある。本記事では第1章において、話題の対象が「高層ビル」であり、「塔」(タワー)は含まれないことを強調しており、東京タワーや東京スカイツリーは比較の対象としていない。しかしそれらを含めるならば、タワーひいては日本の建築物で長らく「高い建物」としての存在感を示していた「東京タワー」の333mを越えたことは一つの象徴であるに違いない。
●太い!基準階面積が広い
ビルは高ければ高いほど、細い感じのイメージになりがちだ。それは高さを高くしようとする場合でもフロア面積はそれほど広くしないことが多いからだ。
ところがトーチタワーは完成予想図を見ると結構「太い」という感じがある。前述の表ではそれを示すものとして「基準階面積」を掲載した。「基準階面積」とはその名の通り、そのビルの標準的な階のフロア面積を示したものだ。ビルは一般には低層階から高層階までフロア面積が同一であるものが多いが、低層階だけかなり広いフロアだったり、あるいは高層ビルでも上になるに従って段々と少し細くなるビルもある。基準階面積はそのビルの代表的なフロアで広さを示したものだ。
データによれば「Torch Tower(トーチタワー)」の基準階面積は6600m2となっており、2位以下のビルに比べて随分と大きくなっている。
ではここで「6600m2」というのは具体的には「どんな感じ」なのか。単純に言えば約81m四方くらいの広さであるが、「広い建物」でイメージの湧きそうな建物をリストアップしてみる。
表:トーチタワーのフロア面積を様々な建物の広さと比較する
| 施設・建物 | 1フロアの面積 | 建物の種類 | 備考 |
|---|---|---|---|
| Torch Tower(トーチタワー) | 約6,700㎡ | オフィス等複合ビル 2028年竣工予定 |
基準階面積 |
| ヨドバシカメラ秋葉原店(ヨドバシAkiba) | 約4,900㎡ | 家電量販店 2005年開業 |
1フロアの目安 |
| 京王百貨店 新宿店 | 約4,300~5,000㎡/階 | 百貨店 1964年開業 |
1フロアの目安 |
| (旧)小田急百貨店 新宿店本館 | 約5,400㎡/階 | 百貨店 1967年完成 |
1フロアの目安 |
| 日本橋三越本店 本館 | 約8,500㎡ | 百貨店 1914年完成 |
建築面積 |
| 日本橋高島屋 本館 | 約7,700㎡ | 百貨店 1933年完成 |
建築面積 |
| GINZA SIX | 約8,800㎡ | 複合商業施設 2017年開業 |
建築面積 |
| ダイバーシティ東京 プラザ(お台場) | 約20,400㎡ | ショッピングモール 2012年開業 |
建築面積:プラザ部分 |
| イオンモール幕張新都心 グランドモール | 約57,200㎡ | ショッピングモール 2013年開業 |
建築面積:グランドモールのみ、他のモールは含まず |
| 東京ビッグサイト 東展示棟 1ホール | 約8,500~8,700㎡ | 展示場 1996年開業 |
コミケでは東1~3ホールまたは東4~6を繋げて(各合計約2.6万㎡)を使用することもある |
| 東京ドーム グラウンド面積 | 約13,000㎡ | ドーム球場 1988年開業 |
敷地面積は約46,755㎡ |
前述したように、高層ビルは必ずしもフロア面積が広いとは限らない。むしろ低層階のデパートなどの方が広い面積をとることがあるが、その例として挙げてみたのが、ヨドバシカメラ秋葉原店や新宿駅の百貨店だが、それぞれの店のフロアよりも「Torch Tower(トーチタワー)」は広いことが分かる。
ただ、フロア面積は公表されるとも限らないようで、建築面積で見ると日本橋の百貨店(三越、高島屋)はトーチタワーに劣らぬ面積があるように見える。またショッピングモールなどの低層の大型商業施設には、1フロアが数万㎡に達するものもしばしばある。
さらに高層ビルに限らず、広い場所という点で挙げてみたのが、コミケ会場にも使われる東京ビッグサイトと東京ドームだが、東京ビッグサイトの東展示場棟は1ホールだけでトーチタワー基準階面積より広い。コミケ会場としては3ホームぶち抜いて使われることがあり、これだと2.6万㎡になるので、さすがに随分広いと感じる。東京ドームもグラウンドの面積だけでトーチタワー基準階面積の2倍ほどある。ちなみによく使われる「東京ドーム◯個分」は建物面積のほうで46775m2もある。これらの数値はむしろ後述の延床面積と比較すべきであろう。

以上のように、「Torch Tower」(トーチタワー)の基準階面積は高層ビルとしては相当大きく、オフィスビルは無論のこと、百貨店などでもトーチタワーに並ぶものは多くないことが分かるが、しかし巨大なショッピングモールに匹敵するほどの広さではないことが分かる。
●合計で広い!延床面積が広大
各フロアの面積を全ての階で合計したのが「延床面積」で、ビルの大きさ・規模を示すのに使われるが、基準階面積が広い上に、62階ということで延床面積も55万m2という巨大なものになっている。
ビル1棟の延床面積でこれに匹敵するものは日本にはないようだ。
延床面積は、建物の各階の床面積を合計したもので、建物全体の規模を示す代表的な指標である。ビルというものが、人が立ったり座ったり、歩いたりして活動する空間を何層にも積み重ねたものだと考えれば、延床面積は「その建物がどれだけ巨大なのか」をイメージするのに分かりやすい数字と言える。
ではこれもいくつかのものと比較してみよう。
表:トーチタワーの延床面積を様々な建物の広さと比較する
| 施設・建物 | 延床面積(または面積) | 階数 | 備考 |
|---|---|---|---|
| Torch Tower(トーチタワー) | 約553,000㎡ | 地上62階・地下4階 | 延床面積 |
| ヨドバシカメラ秋葉原店(ヨドバシAkiba) | 約63,600㎡ | 地上9階・地下6階 | 延床面積 |
| GINZA SIX | 約148,700㎡ | 地上13階・地下6階 | 延床面積 |
| ダイバーシティ東京 プラザ | 約138,600㎡ | 地上9階・地下1階 | 延床面積 |
| イオンモール幕張新都心 グランドモール | 約163,100㎡ | 地上6階 | 延床面積:グランドモールのみ |
| コミケ会場(東京ビッグサイト) | 約316,000㎡ | 地上8階・地下1階 | 東京ビッグサイト全体の延床面積。 コミケでは東・西・南展示棟を使用 |
| 羽田空港 旅客ターミナル 第1ターミナル 第2ターミナル 第3ターミナル |
約292,000㎡ 約340,000㎡ 約256,000㎡ |
地上5階・地下1階 地上5階・地下1階 地上8階・地下1階 |
3ターミナル合計:約888,000㎡ |
| 皇居 | 約1,150,000㎡ | - | 敷地面積(建物ではない) |
トーチタワーは基準階面積ではヨドバシAkibaの1.35倍ほどであったが、延床面積ではなんと9倍もある。これはヨドバシが地上9階地下6階なのにたいしてトーチタワーは地上62階地下4階もあるからだ。階数を考慮すると、やはり10階建て程度の建物は高層ビルに叶わない。
フロア面積・建物面積ではしばしばトーチタワーを上回ることがあった、百貨店・ショッピングモールだが、階層が多くないので延床面積で比較すると「Torch Tower」(トーチタワー)に比べて数分の1になってしまう。
これらを見ると延床面積で見た場合、単独の「ビル」としては比較する相手がいないレベルに広いということのようだ。
視点を替えて、とにかく広い建物として、東京ビッグサイトや空港と比べる。東京ビッグサイトは基準階面積の項で述べたように、6ホールをぶち抜いた東会場でも5万m2程度。トーチタワーの延床面積のほうが10倍ある。展示会場だけでなく、東京ビッグサイト全体での延床面積は32万m2とのことだが、それでもトーチタワーはその1.8倍ある。
空港の建物となると流石に大きいが、それでも羽田空港のターミナル一つ(約25万m2~約35万m2)ではトーチタワーに叶わない。羽田空港の第一、第二を合わせて(63万m2)ようやくトーチタワーの延床面積(約55万m2)を超える程度になる。
さらに思い切って、東京のど真ん中に存在する皇居(115万m2)と比較するとさすがに皇居の方が2倍、トーチタワーの延床面積より広い。しかし言い換えれば、たったワンブロックに立つビルの床面積が皇居の半分に達する広さもあるのである。皇居の半分の広さの場所で人々が密になって活躍するというのはなかなか想像がつかないが、実際、「Torch Tower」(トーチタワー)の中ではそれが行われることになるのだ。
●階数の多さは一番ではない
しかしながらデータを調べているうちに、何から何まで日本一ではないことにも気がつく。すなわち「階数」だ。トーチタワーは62階(予定)だが、現在、日本の高層ビルの階数日本一は高さ4位の「横浜ランドマークタワー」で70階。現在は高さ日本一だがトーチタワー完成で2位となる「麻布台ヒルズ森JPタワー」は64階よりも少ない。住宅棟なので比較は難しいが麻布台ヒルズ レジデンスB、64階にも負けている。
当たり前な話、高さが高いのに階数が少ないというのは1フロアあたりの高さが高いということである。ビルでのフロア高さは用途によって違ってくる。ホテル階、住宅棟フロアではオフィス階、ホール階に比べて低くなる傾向にある。
そういう用途により違うことはおいておいて、前述の日本のビルベストテンのうちのベストファイブでフロア高さを単純計算してみよう。すなわち公表されている「高さ」と「階数」から階あたりの平均高さを算出したものである。
表:トーチタワーのフロア毎の高さを様々な建物の広さと比較する
| 順位・高さ・階数 | ビル名 | 1フロアあたりの高さ |
|---|---|---|
| 1位 約385m 地上62階 |
Torch Tower(トーチタワー) | 約6.21m/階 |
| 2位 325.49m 地上64階 |
麻布台ヒルズ森JPタワー | 約5.09m/階 |
| 3位 300m 地上60階 |
あべのハルカス | 5.00m/階 |
| 4位 296m 地上70階 |
横浜ランドマークタワー | 約4.23m/階 |
| 5位 約284m 地上52階 |
日本橋野村三井タワー(ザ タワー) | 約5.46m/階 |
あくまで平均値ではあるが、横浜ランドマークタワーが約4.23m/階なのに対してTorch Towerは約6.21m/階、2m近くも高い。平均でこれだけのフロア高さの差があるのは驚きだ。
先ほど一般的にはフロアの種類によってフロア高は変わると述べたが、Torch Towerで公表されているフロア構成は以下のような感じらしい。
61階~屋上:展望施設
59~60階:賃貸レジデンス
53~58階:ホテル
7~52階:オフィス
3~6階:エンタメホール
B1~6階:商業・広場
他のビルと比較したわけではないので、この構成のためにフロア高が高くなっているとは断じにくい。そもそも、高層ビルのフロア高さは近年、1階あたりの高さが大きくなる傾向にあるという。時代の流れに沿ったものと見ることが出来るのかもしれない。
3.2■高さ日本一の高層ビルの変遷
「Torch Tower」(トーチタワー)の建設により、高層ビル高さ日本一が記録更新となる。ではそもそも高層ビルの高さ日本一の変遷はどのようなものであったのであろうか。
高さの高い建築物という話をする際に、第一章で述べた通り、ビルと塔の区別に気をつける必要がある。本記事は高層ビルの話題なので、あくまでその高層ビル高さ日本一の変遷一覧だ。
表:高さ日本一のビル(建築物)の変遷(浅草・凌雲閣1890年以降)
| 竣工年 | 高さ・階数 | 名称 | 所在地 |
|---|---|---|---|
| 1890年 (明治23年) [1923年解体] |
52m 12階 |
凌雲閣(浅草十二階) | 東京都台東区 |
| 1921年 (大正10年) [1969年解体] |
45.4m 7階 |
第一相互館 | 東京都中央区 |
| 1935年 (昭和10年) |
60m 7階 |
三越本店(増築後) | 東京都中央区 |
| 1936年 (昭和11年) |
65.5m 9階 |
国会議事堂中央塔 | 東京都千代田区 |
| 1964年 (昭和39年) |
72.1m 17階 |
ホテルニューオータニ本館 | 東京都千代田区 |
| 1968年 (昭和43年) |
156m 36階 |
霞が関ビルディング | 東京都千代田区 |
| 1970年 (昭和45年) [2021年解体] |
163m 40階 |
世界貿易センタービルディング(初代) | 東京都港区 |
| 1971年 (昭和46年) |
179m 47階 |
京王プラザホテル | 東京都新宿区 |
| 1974年 (昭和49年) |
210m 52階 |
新宿住友ビル | 東京都新宿区 |
| 1974年 (昭和49年) |
225m 55階 |
新宿三井ビルディング | 東京都新宿区 |
| 1978年 (昭和53年) |
240m 60階 |
サンシャイン60 | 東京都豊島区 |
| 1991年 (平成3年) |
243m 48階 |
東京都庁第一本庁舎 | 東京都新宿区 |
| 1993年 (平成5年) |
296m 70階 |
横浜ランドマークタワー | 神奈川県横浜市西区 |
| 2014年 (平成26年) |
300m 60階 |
あべのハルカス | 大阪府大阪市阿倍野区 |
| 2023年 (令和5年) |
325.2m 64階 |
麻布台ヒルズ森JPタワー | 東京都港区 |
| 2028年予定 (令和10年) |
約385m 62階 |
Torch Tower(トーチタワー) | 東京都千代田区 |
「ビルと塔は区別する」と述べたわけだが、上記一覧を作る際にもその問題は出てきて、塔なのかビルなのか曖昧だったり、あるいはビルの上に塔を追加したことで高くなっているものがあった。
また日本には近代以前から塔や城などの伝統があり、それらまで遡るとややこしいのだけれども、まずは上記表の筆頭は「凌雲閣」を持ってきた。凌雲閣以前にも同様な建物の記録もあるが、キリがないし、近代建築の始まり、しかも「高さ」を売りにした建築物として、これを筆頭に持ってくるべきだと思われたからだ。
凌雲閣(浅草十二階)は明治時代1890年(明治23年)に東京・浅草に建てられた展望用の高層建築物(タワー)で、日本初の電動式エレベーターも設置していた。各フロアには店舗や休憩所などがあり、最上階からの大展望が特に話題となった。東京随一の観光名所として30年以上存在したが、関東大震災で倒壊してしまう。
凌雲閣は技術としては西洋建築技術で建設したものであり、設計者は御雇外国人のイギリス人技師ウィリアム・K・バルトンであった。しかし見た目は中国の楼閣や日本の塔の伝統を受け継いでいる感じがあり、「ビル」という建物かは微妙なところだ。
一方で「ビル」へと繋がる建物は明治時代になって多く作られていく。
たとえば1890年代(明治20年代)より東京・丸の内には三菱財閥がオフィス街を開発し始め、ビル街を形成させていく。しかし高さが無闇に競われることはなく、12階52mの凌雲閣に匹敵する高さのビルは出来なかったようだ。
「相互館110タワー – Wikipedia」より第一相互館
1921年(大正10年)に表にある「第一相互館」が出来る。しかしその高さは45.4mで凌雲閣52mには及ばず、にも関わらずこの表にあるのは1923年(大正12年)に関東大震災で凌雲閣が倒壊してしまったからである。
実はその直前、日本の戦前戦後の建物の高さに大きく影響する出来事として、1919年(大正8年)市街地建築物法による、所謂「百尺規制」(31m)が制定された。その目的は消防ではしご車が届く限界であること、日照問題で深刻な事態を生み出さないことなどで、イギリス・ロンドンの100フィート規制を元にしたらしい。
31mといえば高さはせいぜい9階~10階ほど。この規制の影響は大きく、高さを抑止する直接の機能としては35年近く、街の景観としては100年以上に渡る影響を残している。11階を越えるビル(建物)は凌雲閣の12階を例外として作られなかったようだ。
百尺規制が皇居周辺の建物に与えている影響は自分も以前に以下の記事にした。
→「出光美術館25年ぶり訪問と帝劇ビル建替に伴う長期休館、近代建築と百尺規制 」(2025/3/12)
上述の第一相互館は百尺規制が作られる前の1915年(大正4年)より建設が始まったとのこと、「7階+塔」という構造により百尺規制の制限を受けなかったらしい。
百尺規制が建物の高さ競争を強烈に抑える中、この「ビル+塔」という形式は、第一相互館の後に日本一となる、三越本店増築、国会議事堂などでも受け継がれていく。しかし基本的に塔(タワー)を除外してビル高について論じている本記事の立場からすると、正直、これらの方式(ビル+塔)で高さを競われるのは少々インチキ臭い。
その百尺規制を脱する時代の変化を示す建築が1964年(昭和39年)の「ホテルニューオータニ本館」17階だ。それまで百尺規制を突破する道を作った1963年(昭和38年)建築基準法の改正、それにより高い建物を建てられるようになった結果が「ホテルニューオータニ本館」だった。
その後1968年(昭和43年)、高層ビルの歴史では名高い「霞が関ビルディング」が出来る。高さ、階数とも、ホテルニューオータニ本館の倍となる156m、36階建てだ。日本の「超高層ビル」の始まりとされ、本来は上記表もそこから作っても良いくらいである。
その後は高度経済成長の中で、高さを競うように、高さ日本一のビルは入れ替わっていくが、高度経済成長時期のビル高さ競争の締めとなったのは1978年(昭和53年)の池袋「サンシャイン60」だったと言えるだろう。ビル名に「60」を冠しているように60階建てというのも日本での歴代最高階数だった。
その13年後、バブル期を経て、年号も変わった1991年(平成3年)、東京都庁48階243m、続けて1993年(平成5年)「横浜ランドマークタワー」が70階296mで建った。
だがその次に高さが更新されるのは2014年(平成26年)、「あべのハルカス」まで20年間開く。そしてその9年後、2023年(令和5年)に現在日本一の「麻布台ヒルズ森JPタワー」、そして2026年(令和8年)現在、それに取って代わる「Torch Tower(トーチタワー)」が建設中、2028年(令和10年)に竣工予定となっている。
上で挙げた歴史の中で、自分の子供の頃の高層ビルという点では東京池袋の「サンシャイン60」が印象深い。表を見ると13年間、高さ日本一のビルとして君臨、それは高度経済成長の後半であり、華やかな時代の象徴となり、さらにはそこにバブル時代を含んでいた。
だが世の中の動きを象徴するようになったのはむしろ横浜ランドマークタワーだったのかもしれない。「みなとみらい21」は横浜周辺の再開発で「横浜ランドマークタワー」はまさしく高度経済成長末のバブル時代の象徴のようにして建設されたが、建設時にはすでにバブルが崩壊しており、「みなとみらい21」地区の成長に影を落とした。そして上述の通り、その後21年間、高層ビルの高さ日本一は更新されなかった。それはあたかも「失われた20年」の象徴のように思われる。
3.3■補足:世界との比較
前節のように日本の高層ビル日本一の現状、さらには歴史を見てくると、それらが世界の中ではどのような位置づけだったかを知りたくなる。そこでここではそれについて述べる。
3.3.1■世界の高層ビル
日本での高層ビルベストテンと日本一の歴史を追ってきたが、世界の高層ビルに比べてどうだったのか。
日本一の高層ビル変遷を挙げたが、各建物が建ったときに高さ世界一になっていたものは残念ながら一つもない。
そもそも、高層ビルといえば名高いニューヨークの摩天楼。第二次世界大戦が始まるずっと前に始まっているが、その中で名が知られていたのが1931年建設「エンパイヤーステートビル」(特撮映画キングコングが登ったことでも有名)でこれは381m。このたび日本一となるトーチタワーはようやくこの「エンパイヤーステートビル」を追い越す高さとなったのだ(385m)。
このエンパイヤーステートビルが1931年から1971年まで高層ビルの高さ世界一だった。1931年といえば日本では第一相互館45.4mが日本一だった時代だ。これだけで当時の米国と日本の技術の差が知れるようなものである。1931年に作られたビルの高さに日本の高層ビルは2028年、ようやく追いつくのだから、日本の高層ビルが高さ世界一になりようがなかった。
(もっともエンパイヤーステートビルも通常のフロア86階では320m、塔の部分となる102階までを含めて381mとなる。さらにはアンテナを建てて443mとしている。第一相互館や日本の国会議事堂のような高さインチキをしている感じはある。)
ちなみに最近の世界一高層ビルは「ブルジュ・ハリファ」828m、2010年に出来たアラブ首長国連邦・ドバイのビルだ。第1章に書いたように、技術的には塔の方が立てやすいはずだが、このビルは塔である「東京スカイツリー」634mよりも遥かに高い。
(とはいえ、ブルジュ・ハリファも人が活動するフロアの最上階は585m、残りは塔である。塔の部分は約244mにもなる。これまたインチキ臭い。どうもベストワンを競う高層ビルが「ビル+塔」という作りをするのは歴代の習わしのようだ。)
日本の高層ビルは世界の高層ビルと比較すると、高さではいつも劣る傾向にあった。世界では1970年代に高層ビル400m級に達していたときに日本では200m級、1993年の横浜ランドマークタワーでようやく300mになろうとするレベルであった。(実際には296mなので達しておらず、日本で高層ビルが300mに達したのは2014年「あべのハルカス」が初めてだった。)
さらに2000年以降、世界における超高層ビルは500m級に達するようになるが、日本で2000年以降に建った超高層ビルは300m台が2棟のみ、それ以上の高さのビルは勿論建っていない。500m以上の高層ビルは2026年現在でも世界で11棟しか立っていないが、ともあれ、日本では本記事で取り上げた日本一高さトーチタワーも385m、1930年代の米国にようやく追い付いたレベルなのである。
3.3.2■日本の建築技術は劣っていたのか?
前節で、日本では高層ビルの高さ競争でいつも世界に遅れをとっていたことを述べたが、世界に並ぶ高さのビルを建てなかったのは、建てられなかった、日本が技術的に劣っていたからなのだろうか。
日本は明治以後、欧米に追いつけ追い越せで、各種技術も欧米に並ぼうとしていた。世界一までとは言えないまでも、技術で世界レベルにまで追い付いていたものは多くある。
- 鉄道・車両技術……(1934年)南満洲鉄道「あじあ」号、流線形の高速列車を実現。(1964年)東海道新幹線は開業時、営業運転で世界最高速度を実現。
- トンネル技術……(1934年)丹那トンネル、当時の世界でも有数の長大トンネルで16年を要する難工事を克服。(1942年)関門鉄道トンネルは世界初の海底鉄道トンネルとして開通。
- 無線通信技術……(1926年)八木・宇田アンテナを発明。後に海外でも軍事利用されるなど、日本発の技術が世界に影響を与えた。
- 造船技術……第一次世界大戦後には日本の造船業は世界第3位に成長。1930年代には大型船の建造技術も世界水準に達し、(1941年)戦艦「大和」では当時世界最大の戦艦を建造した。
これら技術力の向上を思えば、高層建築も米国に倣って目指すことは可能であったように思われる。だが建物の高さに関しては1919年(大正8年)に百尺規制を設けて、世界と争おうとはしなかった。
欧米も各国により事情は違っていた。英国では高層建築に関して上述の通り100フィート規制を設けていた。この理由は消防と、やはり景観問題もあったようである。日本は米国より英国を見倣おうとしたのである。
米国における摩天楼、それが1910年代から形成されていた映像は、今見てもその技術力に圧倒される。だがそれを必ずしも全ての人が肯定的にとらえていたのではない。NHK番組「映像の世紀」には以下のような見解が紹介されている。
(米国の摩天楼についてイギリス人著述家のコメントとして)「どんな犠牲を払っても利益を追求する、資本主義精神の強欲さの象徴である」
摩天楼に対して上のような否定的な感情が日本人にもあったという記録はみつからない。だがそれでも日本では摩天楼のような街を作ろうとはしなかったし、それはすなわち百尺規制を無くすような動きが40年近く出なかったということだが、その理由を探そうとしたが具体的な根拠は見つけられなかった。百尺規制(1919年)は関東大震災(1923年)の前であり、地震対策が法律制定の直接要因にはなっていない。しかし関東大震災により当時随一の高層建築であった凌雲閣が崩壊したことは、国民に大きな衝撃を与え、高い建物に対する忌避の念を抱かせた可能性はあるようだ。
戦後も百尺規制は続くが、それが1960年代に方針を変えるのは、丹下健三などを中心とする建築家達から、高さ規制から容積率規制への変換を促す動きが強くあったようだ。
・需要側からの要求
都市部では土地の有効利用が課題となり、高さは制限されるため、地下階数を増やして対応する事例が見られた。
・供給側からの要求
建築家、建設業界は高い建物を建てたいという要望が強かった。
これらによって建築基準法の改正が実施(1963年)、高層ビルを立てる可能性が開かれ、「霞が関ビルディング」を代表として超高層ビルが徐々に建設されていく。それでも、1930年に米国が達していた高層ビル300m、さらに1970年代に世界が達し始めた高層ビル400m、続いて2000年以降の高さ500mに追いつけ追い越せとはならなかった。
3.3.3■日本における超超高層ビルの夢とバブル
高層ビルを高くするにはいろいろな考慮要因がある。
・空港との位置関係による高さ制限
・想定される地震や台風への強度
・地域の景観問題対策
・景観以外の地域への住民対策
・経済的に見合うかどうか
たとえ高層ビルを立てる技術を持っていても、実際に建てようとすると各種問題を乗り越えなければならない。そのような中で、結局日本は「世界の高層ビル高さ競争」に加わる道を選ばなかったと言える。
ここで興味深いことがある。1980年代、すなわち高度経済成長が行くところまで行ってバブルに突入した頃、大手ゼネコンが作成した技術アピールの中に高層建築の構想があった。
| ゼネコン | 構想 | 高さ・階数 | 建設費 | 参考資料 |
|---|---|---|---|---|
| 竹中工務店 | スカイシティ1000 | 1,000m 250階相当 |
4.7兆円 | 1991年『建設の機械化』PDF |
| 大林組 | エアロポリス2001 | 2,001m 500階相当 |
46兆円 | 大林組「季刊大林 No.30」 |
| 鹿島建設 | DIB-200 | 800m 200階相当 |
1.7兆円 | J-GLOBAL「超々高層ビル(DIB-200)構想」 |
| 大成建設 | X-SEED 4000 | 4,000m 800階相当 |
150兆円 | 1991年『建設の機械化』PDF |
| 清水建設 | TRY 2004 | 2,004m 500階相当 |
88兆円 | 1991年『建設の機械化』PDF |
2026年現在の高さ世界一の828mも顔負けの構想が立てられていたのだ。これらの構想はゼネコンすなわち超高層ビルを立てる実務者であるゼネコンの構想であるから「技術的にどこまで高いものを建てられるか」に焦点を当てたもので、それが快適な活動環境になるか、または周囲へどのような環境を及ぼすかは二の次になる。しかし「技術的には高層ビルを建てられる」と主張したわけだ。
しかし上の構想、主張は、バブル崩壊で夢物語となった。「高さで世界に追いつける、追い越せる」かの構想は続かず、高さ日本一の高層ビルの更新が20年以上、起こらなかった。
以上、日本が高層ビルの高さ世界一では争ってこなかったことを述べてきたが、技術系の人間として、ちょっぴり残念な思いがある一方で、しかし日本の国民にとって残念なことだったとは思わない。技術の発展は経済状況に合わせて成長すべきものであるし、その成果物もそうであるべきだ。そしてそもそも、本記事では論じなかったが、高層ビル、超高層ビルというものがそもそも快適なものかどうか、多く建つべきものなのかは議論の余地がある。
4■Torch Tower(トーチタワー)の建設の現状
4.1■どこから見えるか?GoogleEarthの活用
作成予定
4.2■建設の状況
作成予定
5■リンク集(情報収集用)
「日本の超高層建築物 – Wikipedia」
「日本の超高層建築物・構築物の一覧 – Wikipedia」
Google検索「ビル 日本一」「ビル 日本一 歴史」「日本一 高いビル 歴代」「ビル 高さ 歴史」「日本 高層ビル 歴史」
「トーチタワー 高さ 日本一」「トーチタワー 高さ ベストテン」「凌雲閣 高層ビル 歴史」「第一相互館 高層ビル 歴史」
Yahooリアルタイム検索(X、Twitter)「トーチタワー」「Torch Tower」「日本一 ビル」
6■終わりに
作成予定











